原子力発電所では安全性が隠されています
ポールガンター著
2019年7月17日、米国原子力規制委員会(NRC)は、メリーランド州ロックビルのNRC本部において、原子力産業界のINPOと定例の情報交換ミーティングを行った。INPOはジョージア州アトランタに本部を置く秘密主義の業界タスクフォースで、米国の原子力事業者の上級幹部が率いている。業界の監視者たちの間では、INPOを米国の原子力産業界の「影の規制者」と呼ぶことが多い。NRCの幹部が、INPOとのその短い1時間の会議を、「改革プロセス」と称する「規制監督プロセス」の大幅な削減の提案を公表する場として選んだことの意義は大きい。その提案は、もしNRCの委員会が採択した場合、財政的に破綻し、老朽化の進む米国の原子力産業界に対し、監督権限をさらに譲り渡そうというものだ。こ
の業界のコスト削減勧告には、NRCの標準的な原子炉安全検査と放射線防護検査の範囲と頻度の削減、要件の切り下げ、業界の「自己点検」、「自己評価」、「自主的な取り組み」を支援する義務的指示の発行が含まれる。
NRCの前身である米国原子力委員会(AEC)は、「規制の虜」となっており、原子力開発のあからさまな推進者であるとして、1974年に連邦議会によって規制当局として廃止された。1975年に発足したNRCは、その透明な規制スタイル、市民参加への開放性、説明責任を長年にわたって誇ってきた。多くの公益監視団体が疑念を示してきたNRCの主張するこうした透明性、開放性、公正性の多くは、潜水艦が水面下に沈んでいくかのように、
今や消滅の危機に瀕している。また、業界が主導するINPOが、公に利用可能な記録や説
明責任を生み出すことなく、ひそかにNRCに取って代わることが危惧されている。
INPOは、ジミー・カーター大統領の諮問機関であるスリーマイル島事故委員会(通称「ケメニー委員会」)の勧告をもとに設立された。1979年3月28日、ペンシルベニア州ハリスバーグ近郊で原子炉の一部がメルトダウンした後、ケメニー委員会は、NRCと原子力産業の双方が事故を防止するために必要な措置を講じていなかったことを明らかにした。ケメニー委員会は、産業界が「原子力発電所の効率的な管理と安全な運転を確保するために、自ら優れた基準を設定し、管理する」ことを勧告した。これを受けて1979年に発足したINPOは当初、NRCの権限や監督に取って代わるのではなく、NRCに要求されている公的記録を作ることはないが、業界自身が原子力安全問題をより良く管理し、業界内部で「優秀
性を高める」 ためのピアプレッシャーを生み出す触媒として設立された。
米国会計検査院(GAO)が作成した1991年の議会調査報告書「原子力規制:NRCと原子力発電運転協会(INPO)との関係」によると、この時点ですでに、INPOの報告書により、公開されている原子力安全情報にかんする透明性が低下している。NRCは、監督と許認可プロセスにおいて、INPO報告書を日常的には使用していない。原子力発電所の運転認可の審査にかんする事項であっても、NRCやその諮問委員会である原子力安全許認可協議パネルは、INPOの評価結果を日常的に使用していない。業界内部向けのINPO報告書は、無許可開示に対するINPO訴訟の脅威がある場合でも、所有権があると見なされ、一般に公開されない。

このようなフェルミ2原子力発電所でのNRC検査は、政府機関が業界自体を監督しているため、これまでになく稀になります。 (写真:US NRC)
NRCはこれまで、INPOがすでに業界に対して潜在的な安全問題を通知していたため、独自の公開情報通知を出さないことを決定してきた。GAOは、NRCの職員が公開のための情報通知の草稿を準備していたことや、INPOが同じ原子炉の安全上の問題を業界に警告する内部報告書を発行したことを多数指摘した。NRCのスタッフは、秘密のINPO報告書を検討し、INPOが業界に十分に警告したと結論付けた。NRCの情報公開草案は撤回され、公開さ
れなかった。GAOは、「このような場合、INPO文書が公表されていないため、公衆はその通知を知ることはない」と指摘した。
またGAOは、NRCとINPOが多数の合意覚書を持っていることを明らかにしている。その中には、NRCがINPOの専有情報を保護することに同意し、既存の安全上の問題にかんするいかなる知識も公にしないという覚書も含まれている。GAOによると、「その結果、事象、状態又は状況にかんする一定の情報が原子力発電所の運転に対して潜在的に包括的な安全上の重要性を有するとNRCが判断した事実は公表されていない。このため、原子力発電所の運転にかんする公衆の理解に重要な情報は、公には得られない。」という。
INPOは、原子力の本質的な危険性を懸念する一般の人々には目に見えない自己評価と是正措置プロセスを通じて、独自の内部向け原子炉監視プログラムを長年にわたって開発してきた。1999年に公開されたINPO文書「自己評価及び是正措置プログラムの原則」には、多くのINPOオフレコの自己評価カテゴリーとして、以下の項目が含まれていることが示
されている。
1) イベント調査と停止/保守活動の評価
2) 安全システム又は設備の現場確認及び審査
3) 労働安全査察
4) 産業運営経験の評価
5) パフォーマンスデータの傾向、または修正アクションプログラムで追跡される問題
6) 原子力発電所のイベント
7) プロセスの非効率性の徴候
8) 緊急の産業問題
INPOの主張者は、これらの自己評価のいずれかを公表すれば「電力会社の財政的な存続可能性と公衆の信頼を守るために、原子力産業の対応の公開性と率直さを抑制する」と主張している。
原子力は本質的に危険で法外な費用がかかる。技術が古くなって劣化したり、実証されていない初めての原子炉設計が認可されて導入されたりすると、コストや危険性は急激に増大する。2019年7月15日付で米国下院のエネルギー・商業委員会と予算委員会の委員長らが出したNRC宛の書簡を見ると、NRCが「徹底した周知、コメント、意見の提供」を行わずに安全監視体制を転換しようとする理由を人々が理解することはますます困難になっている。
公衆衛生と安全をリスクにさらすことで、利益を得ようとしている産業の利益のために、原子炉状態報告、安全検査により発覚する問題や、新たな問題などが、口外禁止令によって独占的に保護される情報に変えられることを受け入れることは、容認しがたい。
Figure1 原子力安全運転協会(INPO)の組織と活動の構成(原子力百科事典ATOMICAより)
About ATENA
日本では新規制基準適合審査が長期化するにつれて、原子力業界から、規制の能率性や予見可能性の改善を求める声が高まってきた。そうした中で、2018年7月、原子力産業界の「自主的安全性向上」に資するため、「原子力エネルギー協議会」(ATENA)が設立された。その目的は「①共通的な技術課題を特定し、対策を決定する、②原子力産業界を代表して、規制当局と対話する、③原子力産業界の安全性向上の取り組みについて、社会とのコミュニケーションを図る」、の3点だと示されている。
ところで、東電福島第一原発事故後の2012年11月、原子力産業界は「自らの安全水準を自主的かつ継続的に引き上げるための“自己規制”組織」として、
一般社団法人原子力安全推進協会(Japan Nuclear Safety Institute、JANSI)を設立している。この組織は、「国内外の最新情報の収集、分析を踏まえた『安全性向上策』の評価、提言・勧告及び支援」と「原子力施設の運営状況や設備の状態、安全文化の健全性等
の確認を通じた『原子力施設』の評価、提言・勧告及び支援」が活動の2本柱だという。当時のJANSIの資料には、「原子力の安全は既に十分達成されていると認識し、原子力不祥事を安全文化劣化の兆候とは捉え」なかったという問題意識、「原子力発電所を稼動させるために体裁を整えただけの対応ではなく、真の改革を行わなければ、原子力の未来はない」といった危機意識が示されていた1)。
ATENAの設立目的のうち、効果的安全対策の促進は、JANSIの課題と重複している。JANSIの主な活動は、事業者から独立した立場でガイドラインなどを策定し、施設等のレビュー・勧告を行うことだ。そのため、ATENAは②規制当局との対話、③社会とのコミュニケーションが主要な活動になると推測される。うち、社会とのコミュニケーションは過去、ほぼ行われておらず、今後どのように実施されるかが問われる。気にかかるのは引用したJANSI資料の「社会の信頼を得るまでに」と題された項目にあった「規制(社会)からの信頼」という文言だ。自主規制がどこ向けのアピールなのかが端的に示されている。
その一方、ATENA設立後、電気事業連合会が対応してきた原子力規制委員会との共通的な規制課題にかんする対話をATENAが担うようになったこともあり、規制との対話は積極的に行われている。そこで懸念されるのが、ガンターさんが報告してくれたNRCとINPOの関係性だ。
IAEAの総合規制評価サービス(IRRS)の指摘もあり、原子力規制委員会は2016年から「検査制度の見直しに関する検討チーム」を設置して、検査制度の見直しを議論してきた。2020年には新しい検査制度を運用開始する予定だ。従来は規制当局が行う検査と事業者が行う検査が混在し、また規制当局の行う点検は、チェックリストに基づく定期的なものだった。これを新検査制度では、事業者が検査を行い、規制当局は、抜き打ちでの点検を含む事業者等の保安活動全般の包括的な検査・それを総合的に評価するものへと変える。
日本の原子力産業では繰り返し不正が発覚してきた。古くは1976年の関電美浜1号機のトラブル隠し、1997年、2009年の下請事業者による 焼鈍しの温度記録改ざん、2002年に発覚した東電によるトラブル隠しなどなど、枚挙にいとまがない。そのたびに規制当局は行政指導をおこない、業界は「失われた信頼回復」を謳ってきた。JANSI・ATENAの設立、
新検査制度といった変更は、原子力の安全向上につながるのか。むしろ安全性の切り捨てにつながらないのだろうか。
すでに懸念の兆候は表れている。たとえば原子力規制委員会は7月5日まで「クリアランスの測定及び評価の方法の認可に係る審査基準案」へのパブリックコメントを募集していた。廃炉によってクリアランスレベル以下の放射性廃棄物(放射性廃棄物だが、再利用が認められるもの)が大量に発生する。そこで、廃炉を速やかに進めるため、検査内容を簡易化しようというものだ。これは以前から業界がもとめてきた。規制の効率化も業界が求めるものだ。
よく米国では「自主的安全性向上」の結果、原発の設備利用率が向上したといわれる。実際、かつては40~60%で推移していた米国の原発設備利用率はINPOの設立後、70%近辺へ上昇した。だが、90%近辺まで上昇したのは、事業者の手順書違反に端を発するNRCの規制強化にたいして、事業者のロビイングにより規制が緩和された結果だ。この時、重要な役割を果たしたのもやはりINPOだった。
原子力規制委員会はATENAなどの自主規制活動を評価している。しかし、そのような単純な受け止めで大丈夫なのか。米国では、自主的安全性向上の名のもとに、規制緩和が進んでいる。日本でもその恐れは十二分にある。JANSI・ATENAの活動は注視が必要だ。
Figure2 原子力エネルギー協議会と他組織の関係図(ATENAウェブサイト